無盡燈/尋源館
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輝く☆同窓生

No.146(2021年)

田村 圭吾 さん
(1991年度・文学部仏教学科卒)
〈京料理萬重 若主人〉


西尾 晴夫 さん
(1993年度・文学部哲学科卒)
〈ニシオサプライズ株式会社 代表取締役〉
インタビュアー
 無盡燈編集委員 三宅 伸一郎(大谷大学教授)  
対談日 2021年2月

「自分の能力、可能性への挑戦が「伝統」を継承し、
さらなる発展へとつながる」

和食の無形文化遺産登録に向けて

 「日本食を正しく世界に発信する」ことを目的に、「NPO法人日本料理アカデミー」が2004年に立ちあがりました。当時、会長の瓢亭 高橋英一さんや熊倉功夫先生が、日本政府の依頼を受けて日本食のことを調査されると、日本料理といってもパクチーがのった東南アジアの料理とかキムチや餃子、ラーメンが売られていて「アジア料理」として一括りにされていました。我々も昔、ピザやフレンチも一括りにして洋食といっていたように。

 現在では、菊乃井の村田さんが理事長をされていますが、日本料理アカデミーが立ち上がった当初は、世界の人々に日本料理を正しく知っていただくためには、フランス料理がやはり世界一だということで、フランス料理の人々と日本料理を正しく知ってもらうための交流を始めました。


ドバイ専門学校での講習会

 その時、私は三十代前半くらいでしたが、2005年にフランスに行かせていただき日本料理の交流をしました。人の舌が感じる味覚は、2002、3年ごろまでは塩味、苦味、酸味、甘味の四つの味だと言われていたのですが、日本人だけがうま味というものを知っていたのです。舌で感じる場所がわかっていなかったのですが、研究が進んでちょうどその頃に第五の味と言われるうま味を感じるところがあるとわかり、世界の料理人がうま味についてすごく興味を示した頃に、フランスの料理人との交流が始まったのです。今やすっかり「うま味(Umami)」というのは国際語になって第五の味と認識されています。

 1999年に、松浦晃一郎さんがユネスコの第8代事務局長をされていて、有形の文化財だけではなく、無形の文化財もあると提唱されていました。それで2003年にユネスコで無形文化遺産保護の条約ができて能や歌舞伎などが登録されていきましたが、その中で「食も文化だ」ということで2010年にフランス料理が最初に無形文化遺産として登録されたのです。世界的には「食」というのはまだまだ空腹を満たし、栄養を満たすだけで、哲学的なものとか文化的意識がないところが多いのです。フランスでは、後にミシュランの星を取っていくような三十代くらいの料理人と交流したのですが、彼らは食に哲学や文化を意識しているのはフレンチと日本食くらいだと言っていました。

 それでフランス料理が登録されるのを受けて、日本料理アカデミーの村田理事長をはじめ、副理事長のたん熊北店本店の栗栖正博さんなどが、日本食の無形文化遺産登録に動かないといけないということで始めたのです。


レバノンでのプロ向け講習会

 しかし、「食」というのを文化として日本国政府は認めていなかったのです。我々も農林水産省とか内閣府とか経済産業省とかのイベントに参加して、海外に日本食を普及しに行っていましたけれど、料理の文化は幅広く役所と関連していて、自分たちの監督官庁はどこかというと、生産物でいうと農水省、技術的なテクニックでいうと、今は厚生労働省で一つになっていますけれどもテクニック的なことは旧労働省で衛生管理的なものは旧厚生省、そして観光の分野でいうと観光庁なのでその上の国土交通省なのです。結局、いろいろと検討された結果、熊倉先生やいろいろな方の知恵を頂戴して、日本の食文化が無形文化遺産にあたるとして農林水産省のご支援のもと登録をめざしました。

 観光目的に見られがちなユネスコの遺産登録ですが、観光や商業目的に登録をめざすと受け入れて頂けなく、あくまで「危機に瀕している文化」が前提なのです。そこで熊倉先生たちは再度見直しをされ、和食の意味とは何かを検証された結果を答申されました。

 皆さんは和食が無形文化遺産に登録されたと言っていますが、タイトルはそれだけではなく「和食; 日本人の伝統的な食文化」というのが一つのタイトルなのです。その下に「正月料理を例示して」という文がついているのですけれども、要は日本食というのはただ単に食べるというだけではなく、日本人の宗教心や伝統的な行事とか祭事と密接していろいろな料理が構築されているという文化的割合が高いのです。

 また、人間が食べたくなるものは三つあると言われています。それは糖質・脂質・うま味、この三つだと言われているのです。世界の料理というのは基本的に脂である脂質で、肉を中心に構築されていることが多いのですが、日本人は昆布をうまく使って野菜や穀物をおいしくするという料理法をずっと確立してきたのです。それがローカロリーで健康的だといわれて世界的に日本食がブームになっています。


講習風景

 私は先ほども申しましたが、現場での最前線で主に小・中・大学や国内の市民向け講座に出向き各地で授業や講演会を行い、京都市教育委員会の「日本料理に学ぶ食育カリキュラム推進会議」の委員(現在14年目)などで広く一般の方々に伝えていきました。

 その活動の甲斐もあって、京都市が京都でも残さなければいけない伝統芸能・文化として京料理を認定してくださり、そのことも無形文化遺産に文化として認められることにつながりました。それで国も2017年に「芸術文化振興法」が「文化芸術基本法」に改定されるのを期に「書道・華道・茶道など」と書いてあったのが「書道・華道・茶道・食文化など」というふうに明記されて、やっと国も文化として認めることになりました。そして文化庁が、昨年の四月から農水省の人たちを入れて担当部署を12人体制で設置されたところまでが今までの流れです。

 ユネスコの無形文化遺産に登録されたときは、多くの方に「おめでとう」と言われましたけれども、私たちは本当に何も喜んでいなかったのです。というのも危機感しかなかったのです。このまま放っておいたら世界にまれにみる食文化を持っている日本人の食文化が途絶えてしまう、我が国の食文化は「絶滅危惧種」に登録されたからなので、今もずっと危機感しかありません。

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