大谷大学と私
No.147(2022年)
名誉教授
小谷 信千代
真の学問 真の恩師
この度、インド政府による国際的な賞「仏教学振興賞*」の第一回の受賞者に大谷大学が選ばれた。本学に留学し、現在仏教学科の教授として教鞭を執られているインド出身のダシュ・ショバ・ラニ教授が申請の任にあたられて、賞が授与されるに至ったと伝え聞いた。大谷大学が、南条文雄、赤沼智善、鈴木大拙、山口益という蒼々たる仏教学者を輩出した歴史を有することが認められての受賞であると考えられる。
そのような伝統のある優れた研究環境に身を置きつつ、恥ずかしいことに、私自身は仏教を学ぶことの真意が分からず、学問に喜びを見いだせず、宗門大学として折あるごとに説かれる念仏の教えにも喜びを見出せないできた。研究・教育に携わる者としての責務と考えて研究をし、その成果を論著に著し、寺院をあずかる僧侶の勤めとして念仏の意味を聖典のなかに求めることに努め、理解し得た限りのことを門徒の人々に語るために学習会を開いてきた。それが自分にできる精一杯の努力であった。しかし、そのような営みにさほどの喜びを感ずることができなかった。
それが、いつどのようにして起こったのかは分からない。ふと気がつくと、仏教を学ぶことが有難く、念仏を称えることが有難いと思えるようになっていた。傘寿も近い歳になってようやく、お朝事のお勤めに本堂に行く度に父や恩師の姿を偲びつつ「南無阿弥陀仏」と称えると、今も仏教を学び続けておれることと念仏を称えることの有り難さが自然に感じられるようになってきた。奇妙な言い方に聞こえるかもしれないが、そう思えるようになっていること、そのことが有難いことに思われる。いまは、それは「大谷大学」が与えてくれた恩師との繋がりが、仏教を学ぶことを有難く思い念仏を喜ぶ感覚へと私を導いてくれたに違いないと思われる。
私にとっての恩師は故櫻部建先生である。南条文雄を初めとする先生がたの学問を心から敬愛して継承され、その見識が世界的に知られ、内外から多くの研究者が訪れる優れた研究者であった。先生はいつも研究熱心で、お元気な頃は研究室を訪ねて下さり、傘寿を超えられてもしばしば電話を下さって「いま何を研究していますか」「いま何を読んでいますか」と尋ねて、私の研究の進展ぶりに関心をもって下さった。研究の前では師弟関係という慮りはなく、率直にご自分の疑問を問われ、ご自分の考えを述べられた。先生には研究の話が何よりも楽しいことであった。その話の合間に、前後の脈絡なくボソッと「われわれに念仏があるということは有難いことですなア」と呟かれることがしばしばあった。先生の呟きを思い出しつつ念仏を称える時、仏教の勉強を続けられていることが喜ばしく、念仏を称えることが喜ばしく思える。今にして思えば、大谷大学は私にとって、真に学問を敬愛し念仏を喜ぶ恩師に出会えた場であった。「大谷大学」を通して今も先生から教えを受けているように思われる。
■ 略 歴 紹 介
小谷 信千代(おだに のぶちよ) 名誉教授
1944(昭和19)年 5月 兵庫県に生まれる
1967(昭和42)年 3月 大谷大学文学部卒業(仏教学)
1975(昭和50)年 3月 京都大学大学院修士課程修了(宗教学)
1978(昭和53)年 3月 大谷大学大学院博士課程満期退学(仏教学)
1984(昭和59)年 4月 大谷大学専任講師
1990(平成 2)年 4月 大谷大学助教授
1998(平成10)年 4月 大谷大学教授
1999(平成11)年12月 大谷大学博士(文学)<学位取得>
2002(平成14)年 4月~ 2004(平成16)年 3月
大谷大学短期大学部長
2008(平成20)年 4月~ 2010(平成22)年 3月
大谷大学大学院文学研究科長
2010(平成22)年 4月 大谷大学名誉教授
【専 門】
仏教学(インド・チベットの仏教の研究)
【著 書】
『倶舎論の原典研究』(共著・大蔵出版)
『大乗荘厳経論の研究』(文栄堂)
『法と行の思想としての仏教』(文栄堂)
『浄土仏教の思想 三』(共著・講談社)
『真宗の往生論』(法蔵館)
『親鸞の還相回向論』(法蔵館)
【訳 書】
『倶舎論の原典解明 賢聖品』(共訳・法蔵館)
【鈴木学術財団特別賞受賞】『アーラヤ識とマナ識の研究』(共訳・文栄堂)
『仏教瑜伽行思想の研究』(共訳・文栄堂)
G. ショペン著『大乗仏教興起時代 インドの僧院生活』(春秋社)
他