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同窓通信

No.148(2023年)

京都女性起業家賞を受賞して ―病気と向き合い、言葉と向き合う―
西 美都子
(美縁-mien-代表)

 京都府主催の「第11回京都女性起業家賞」の特別賞(京都リビング新聞社賞)を2022年にいただきました。この賞は「人々の生活向上や地域社会・経済の活性化に寄与する女性起業家」に贈られます。評価していただいたのは、がんと診断された人の治療準備をサポートするノートと、抗がん剤治療中の体調や気分の変化を書き込み、医療者とのコミュニケーションを円滑にする記録手帳の企画販売事業「美縁-mien-」です。

 事業を始めたきっかけは、私自身が2019年にがんと診断されたことです。30代半ばの私には想像もしていないことでした。治療を受けるなかで気がついたのは、がん患者のための情報や支援は多くあるのに、欲しい情報へアクセスする道筋を示してくれるものがないということです。進行し転移する病気の性質上、短期間で病気への理解を深め、治療法を選択し、仕事を調整し、治療費等の経済的な問題にも対応をしなければなりません。それはとても大変なことでした。こうした私の経験が誰かの役に立つのではないかと考え、がん患者が欲しい情報を得る助けとなるノートや手帳を作ろうと決めました。また、こころもからだも辛くなりがちな治療期間を、少しでも明るく、前向きに生きられるようなデザインのものを作りたいという想いもありました。

 ノートと手帳の制作は、ひとつひとつが根気のいる作業でした。医療情報から各種サポート情報に関するものまで、一読するだけでは理解が難しい様々な情報を丁寧に読み込み、初めて触れる人にもわかるようにまとめ直す作業、多様な情報を項目毎に分け、手帳を使用する人が必要な情報にアクセスしやすいよう構成する作業、読みやすくわかりやすい表現になるよう、繰り返し推敲を重ねる作業などです。今回『無盡燈』への寄稿依頼を受け、原稿を書きながら大谷大学での学びを振り返ってみると、私がノートと手帳の制作過程で行ったそうした作業は、大谷大学大学院時代に学んだことだなと思い出されました。私は大学院で、文学研究を行い、言葉で表現されたものと日々向き合いました。先生からの指導や日々の研究を通じて、丹念に読むことと適切に表現することの大切さと難しさを学びました。テキストに向き合う姿勢、自由に発想する楽しさや難しさ、表現の正確さや形式の重要性など、当時学んだことが制作過程のなかにそのまま生きています。

 現在は、大学講師として働きながら、がん患者をサポートするための事業を続けています。いまの課題は、がん患者が治療を受けながら仕事を通じた社会とのつながりを維持できる場を創出することです。治療によって仕事を辞めざるをえず、社会参画の機会を奪われることで、経済的、精神的な拠り所をなくしてしまう人もいます。そうした人に対し、治療を受けながら、その治療に合った形で仕事の機会を提供できる事業にしていきたいと考えています。


美縁-mien-」ホームページ
https://www.mien-2021.com
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