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現役教員からのお便り

No.150(2025年)

種子を育む
社会学部 コミュニティデザイン学科 教授  中野 加奈子

 2014年に本学に着任して以来、社会福祉士養成に関わってきました。多くの学生
が、卒業後の進路に社会福祉関係の仕事を選択していきます。最近では、研修などで
顔を見掛けたり、実習指導者になった卒業生に出会う機会が増えてきました。
 私たち教員は彼らが4年間で大きく成長していく姿を見つめてきました。本を読むのが苦手、という学生が卒論を通して「知ることが楽しい」と語ったり、学びを通して自分のユニークなアイデアを形成したり。実習では認知症高齢者や障害者の方々と出会い、人と関わることの喜びや楽しさを語っていたり。入学式の時に見せたどこか不安そうな表情が、多くの経験を通して泣いたり笑ったりしながら大人の表情に変わっていきました。そうした大きな成長は私たち大学教員にとっては喜びでもあり、彼らの成長のゴールに見えます。
 けれども、卒業生に会うと、大学での学びを土台にして、新たな学びを得てますます成長していることが伝わってきます。実習する学生へさりげないサポートをし、適切な助言をしている姿。そして、今の社会で起こっている諸矛盾を考え、目の前にいる障害者、
認知症高齢者、そしてその家族や地域住民の声を丁寧に聞き、問題解決と、地域住民
のネットワークづくりに奔走しているその姿は、卒業時の表情よりもさらに逞しさと優し
さを増しながら輝いて見えます。
 こうした、社会福祉士資格を取得し、障害者支援事業所や公的な相談機関でソーシャルワーカーとして活躍する彼らの姿を見ていると、大学生活での「学び」は4年でゴールするものではなく、彼らの中に将来に芽吹く大切な種子をそうっと埋めるようなものなのではないか、と思うようになりました。大谷大学の4年間で彼らは素敵な種子を育み、卒業後に芽吹かせてますます成長を遂げていきます。卒業生の皆さんが一人ひとり輝く未来を生きている姿は私たち教員の励みになっています。


論文の目的
文学部 仏教学科 教授 山本 和彦

 学生の頃は難しい論文ばかり書いていた。高度な専門性、最新の知見が備わった
論文。いまから思えば、そんな尖った論文を誰が読んでいたのだろうか。読者のいない論文であった。大学に就職して、学生を指導するようになり、自分の学生が理解できる論文を書くよう心がけるようになった。学生が理解できないような論文に意味はない。読者の顔の見える論文。学生からの反応も確かめることができる。テーマも変わった。論理学から解脱論など人間の本質論へと。インド哲学というテーマが、人間とは何かに変わっていった。
 生涯学習講座など一般の人が対象の講義や講演も増えた。過去の聴講生が今年い
る。来年も会えるかもしれない。顔が見えるので、資料も具体的なものにできる。目の前にいる人の役に立つ話をしたいと思うようになった。自分を知りたいという欲求は人間に備わった本質的なものだ。自分は何者なのか。名前や職業ではない自分自身を知ることが人生の目的である。誰もがそれを求めている。それに何とか答えたい。講義や講演は自分に返ってくる。他者のためのものが自分のものとして返ってくる。講義を重ねる度
に自分の生き方を見直すようになった。
 世俗的な生き方、たとえば職業選択などの正解は一つではない。すべてが正解である。真理を求める生き方の正解は一つである。他者を通して自分を知る。自分で経験して知識を得る。経験知が自分を教えてくれる。学生の頃は古典テキストを読んで論文を書いていた。いまは自分の経験をテキストのなかで見つけ出して書いている。真理は自分のなかにある。自分で体験してテキストで確認する。ようやく論文の書き方がわかってきた。
 経験知を文章にすることが論文である。そのときの年齢でしか書けない論文がある。同じテーマで書いても異なったものになる。年齢とともに深化する。過去に書いたテーマで、もう一度書いてみようと思う。異なった論文になるだろう。

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