無盡燈/尋源館
無盡燈読むページ

大谷大学と私

No.151(2026年)

大谷大学と私
大内 文雄
  名誉教授
中国仏教史研究の今昔

 大谷大学の一般入試にまだ面接があった1966年に入学して史学科東洋仏教史学分野を専攻し、以降、文学部・大学院を通して野上俊しゅんじょう静先生のゼミに所属し中国仏教史学の基礎を学んだ。しかし振り返れば、専任講師として大谷大学に奉職する以前の殆どを占めることとなった旧東洋学研究室在勤の助手の時代こそが、その後の研究の行方を定める期間となっている。当時、大谷大学では東洋史(野上俊静・滋野井恬しずか・藤島建たてき樹)、東洋仏教史(稲葉正しょうじゅ就・滋賀高義・安藤智信)、中国文学(平野顕けんしょう照・河内昭しょうえん円・若槻俊秀)の三分野の諸先生に、そして学外では滋賀先生の推挽をいただいて関西大学の藤善真澄、京都大学人文科学研究所の牧田諦亮の両先生から学恩を蒙った。特に藤善先生にはご自宅での、中国仏教史基礎文献の多年にわたる解読・教授の御恩を賜り、牧田先生からは人文研・宗教研究室での先生主催の研究会への参加を許していただき、他大学の研究者との仏教史文献会読の機会を頂戴した。そして大谷大学での研究活動の今一つの柱が仏教史学会委員会の委員、また評議員としてであり、会長職までも経験させていただいた。
 研究の出発点は、中国仏教の末法思想にあったが、そこから唐・道綽の『安楽集』に引用されている多数の中国撰述仏典、所謂疑偽経典の研究に向かい、これらの報告は幸いにも大谷学報等に掲載された。次いでこれらを記録する経典目録と、仏典流布の一形態としての石刻経典に関心が移り、前者では特に隋・費長房の『歴代三宝紀』、唐・道宣の『大唐内典録』、則天武后時代の『大周刊定衆経目録』等を対象にして研究を進め、首尾完具して現存する中国撰述経典『浄度三昧経』や類書(仏教百科全書)として現存最古の『経律異相』へ関心を向け、後者は、南北朝時代の分裂状態から隋唐の統一へと向かう6~7世紀の時代相の把握を目的にして研究を進めた。それらの研究を集成して博士学位請求論文とし、それを後に『南北朝隋唐期 仏教史研究』(第一編 『歴代三宝紀』の研究―中国中世仏教における史学史的展開過程、第二編 中国中世仏教の地方的展開)として京都・法蔵館より公刊に附した。またこれらの研究過程の中で、唐・道宣(596~667)が著した多数の著述に対する総合的研究が少ないことに気づき、気鋭の研究者の協力を得て、それらに遺されている多くの序文に対して訳注を施し、『唐・南山道宣著作序文訳注』(龍谷叢書50)として公にすることができた。
 こうして来し方を顧みると、先師先輩、知友に恵まれ、今に至るまで研究を続けて来られていることを幸いに思う。同時にそのことに感謝しつつも、世の趨勢への同調が過ぎて、本学の立脚地が曖昧になることがあるとすれば、そのことを予知し、不断に革める姿勢が求められよう。

略 歴 紹 介

大内 文雄(おおうち ふみお) 名誉教授

1947年6月 長崎県に生まれる
1970年3月 大谷大学文学部卒業(東洋仏教史学)
1972年3月 大谷大学大学院修士課程修了(仏教文化)
1975年3月 大谷大学大学院博士課程満期退学(仏教文化)
1983年4月 大谷大学講師
1989年4月 大谷大学助教授
1997年4月 大谷大学教授
2008年3月 大谷大学 博士(文学)<学位取得>
2013年4月 大谷大学名誉教授
2003年4月~2004年3月 大谷大学図書館長
2004年4月~2006年3月 大谷大学大学院文学研究科長
2006年4月~2008年3月 大谷大学図書館長
2008年4月~2010年3月 大谷大学学監・文学部長

【専門】 東洋史(中国史・中国仏教史)

【著書・論文】
「七高僧ものがたり -仏陀から親鸞へ-」(単編著・東本願寺出版)
「七寺古逸経典研究叢書 第2巻 中国撰述経典((其之二)
『浄土三昧経』解題)」(共編・大東出版社)
「南北朝隋唐期 仏教史研究」(単著・法蔵館)
「唐・南山道宣著作序文訳註」(単編著・法蔵館)
「安楽集に引用された所謂疑偽経典について
-特に惟無三昧経・浄度菩薩経を中心として-」
(『大谷学報』53-2)

Copyright © Otani Univ. KOUYU Center. All Rights Reserved.